ブログを書きはじめて見えてきたもの

ブログを書きはじめて見えてきたもの

自分の芯がどこにあるのかが明確になる

今でこそアートについてメインで書いているこのブログではありますが、実は筋トレにはまっていた頃はそのことについてばかり書いていましたし、ランニングにはまっていた頃はランニングについて書いたりしていました。あとはピアノ、瞑想、哲学とか、あれこれ手を出していました。

ただあれこれとたくさん書いていくと、「自分はこのジャンルの話は書けるのに、こっちは全然書けないな」、とか「この件についてはいくら研究しても飽きない」とか、「やっぱりこれが好きだな〜、いくらでも文章が浮かんでくる」と言った気づきが生じてきました。

これは、ブログを育てるためやお金を稼ぐためではなく、自分の人生を彩り豊かにするためにとても重要だと思います。それこそがまさにあなたの軸であり、どんなに人生において辛いことや、忘れてしまうようなことが起きても戻ってくるべき場所なのです。

軸を元に能動的に生きる手助けとなる

軸がわかれば人生を自分の好み通りに運ばせやすいと思います。

人はあれこれと考えてしまいがちですが、実はそれって堂々巡りのとあるパターンが脳内で再生されているだけで、実際には考えていないことが多いのです。その前に、決定に導くためのルールを用意しておく。それによって、考える必要もなく、答えが導き出されていくのです。

ブログというアウトプットを行う場を設けることによって、漫然とウェブブラウジングをしたり、意味のない情報で頭をいっぱいにする時間が減りました。能動的に特定の情報を拾い上げ、密なアウトプットを行うことで、より頭が整理され、なおかつ後から見直すことのできる記事が出来上がっているというのは、うれしいものです。

そしてそれが、自分の軸をより太いものにしていく手助けとなります。

僕の軸がアートであり、もう一度学習してまとめたかった

芸術を学びたいと思った際に、一番苦労したのはデッサン力です。それがないと、どこの美大芸大にも入れてもらえないからです。

僕の高校は進学校でしたし、あまりアートや美大受験の勉強など行ってきませんでした。デッサン学校も、一度体験に行って先生が合わないので行きませんでした。

そのため、デッサンや油絵の勉強はすべて独学でおこないました。アメリカの美大にはいりたいという願望があったので、並行してTOEFLのラインを突破するため英語も勉強しました。

そのため、やはり他の美大生に比べると基礎的な知識が少なく、大学に入ってからというのも、とにかく英語の授業についていくのが精いっぱい。生活や文化になじむのに精いっぱいでした。4年生ぐらいになれば、フレンドリーな性格なので楽しく学び、生きていくことが出来ましたが、やはり油絵の知識やテクニックに関して言うと、自信をもって人に話すことが出来るかというと怪しいものです。

というのも、芸術教育にはアカデミーとアートスクールの2種類があり、アカデミーは東京藝術大学のように写実的で技術力も豊富な、古典的画法を学ぶところ。アートスクールは現代アートに力を入れており、コンセプトやクリティカルシンキングを学ぶところです。僕がいたのはアートスクール。当時アメリカ3位の実力の学校でしたが、そこでは技術を一切教えてはくれませんでした。好きなものを作り、みんなで講評しあう。

そのため、アートの批評やクリティカルシンキングについては自信があると言えます。美術史も副専攻を出ているのでそこそこの知識があります。

しかし、技術がない。。日本に戻ってきて、これが一番頭を悩ませたところでもあります。というのも、日本の美術教育は、トップが東京藝術大学なのがわかりやすいとおもいますが、圧倒的に技術力がものをいう世界。

僕は正直打ちのめされました。あれだけ時間と借金を抱えて学んできたのはなんだったのだろうと。。

そこで、僕は1から油絵を勉強しなおすことにしたのです。素材の特性や、使用方法といった基本的な部分から、油絵の歴史、混色のほうほうなど。すると、今まで我流で描いてきたのはなんだったのだろうというくらい、すぐに上達しました。

それがこのブログを立ち上げたきっかけでもあります。油絵というのは、技術的にはそんなに覚えることはたくさんありませんし、ちゃんと理解すれば必ずいい絵が描ける様になります。僕が一番伝えたいのはそういった部分なのかもしれません。

そして美術大学をめざし独り学習を始めた10年前の僕自身を助けるという意味も含め、一つ一つの技術と知識をアウトプットしていくことにしました。

誰かのお役に立てれば、幸いです。

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