リファレンスに写真を使うことについて

リファレンスに写真を使うことについて

僕の師匠は、写真をリファレンスにした絵をとてもとても嫌っておりました。

むしろ、写真のような絵を描く人は、徹底的に攻撃し、カス扱いしていました。

一番嫌いな画家は、チャック・クロースだそうです笑

僕はこの考えを、特に考えることもなく、とにかくコードのように自分の中に定着させていました。

そのため、社会人になり、モデルを雇ったりデッサン会のような場に行く機会もなくなり、人物画など描こうと思ってもかけないと言うジンクスのようなものにぶち当たり、悩みました。

やっぱり抽象画よりも、人物画をやりたいなと意識が固まった時期でもあったため、悩みました。

ただ、師匠の言葉で一つ思い出すのは「ピカソも写真をリファレンスにしていたみたい。知らなかった」と言う事実。

おそらく、写真を使って描いた絵が悪いのではなく、写真をトレースしたような絵が嫌い、と言うことなのではないだろうか?

今回は、写真をいかに上手く使って絵を描くかについて書いていきます。

写真は使ってもいい

結論から言えば、写真をリファレンスにすること自体は問題ではありません。

写真に対する気持ちというか、どうやって使うかが問題になってきます。

簡単な例を挙げますと、一つの写真を元に、プロジェクターなどで投影してトレースした下書きと、写真を一旦自分の中に取り入れて、ドローイングし、描き出した下書きでは、スタート地点からして異なってきます。

実はフェルメールのような写実的な画家は、ピンホールカメラの原理を用いた部屋を用いてトレースしたという研究結果がでています。それも、書いたのはホックニー!この本はとてもおすすめです。

トレースしたものは、もちろんプロポーションや直線、曲線は写真さながらでしょう。一方、描き手を一度フィルターした場合、蓄積された経験と知識により、曲線はその人特有のものになるし、ディバイダーなどを使っていないかぎり、プロポーションも多少の誤差はあるでしょう。これを個性とみなすかどうかは、人によるでしょうが。。

写真のような絵画について

ゲルハルト・リヒターは写真がぼやけたような作品を作ることで有名だし、(師匠の大嫌いな)チャッククロースもそうです。

リヒターの作品

コンセプト次第とも言えるのですが、写真そっくりに描く場合は然るべき理由があるべきでしょう。さもなければ、機械的に世の中を映し出したイメージでしかありません。そんな絵は、写真に任せてしまえばいいのではないでしょうか。写真の道も楽しいので、そちらに進むことをお勧めします。

実物をみて写真のように描く画家もいます。そういったリアリズムには、また違った意味が生まれてきます。

写真のような絵については、ここでは書ききれないのでまた別の記事にできたらと思っています。

写真からアイデアを膨らませた絵画

我々はこっちを目指すべきです。ピカソもそうですが、現在展示会をしているピータードイグも、写真をもとに展開しているようです。

ドイグの作品

この絵は、日本の雪山の写真を新聞広告で見かけて、そこから膨らませて行った作品とのことです。面白いのは、広告写真という商業的で、大衆的なものから想起させているのだということです。このように写真は使いようによっては非常に便利なカタリストになりえるのです。

具体的な写真をもとにした動き方

思いつくようなことをリストにしてみました。

  • 構図を真似る
  • 色を真似る
  • 配色を真似る
  •  

縛りで作品が描けないより、写真をもとに数を作った方が断然良い

これは自分の経験と、いましめのために描いています。

冒頭にも述べたように、僕は写真を使ってはいけないという縛りから全く手を動かすことができない時期がありました。それも数年間です。

師匠の教えを守るのはもちろんいいことだとは思うのですが、その意図ももしかしたら伝え方が違ったのかもしれないですし、何も描けないなんて愚の骨頂です。

道具は正しく接して、有効に使うべきだなと思いました。

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